"Mother Courage and Her Children" (National Theatre, 2009.10.10)2009/10/11

Mother Courage
フィオナ・ショーがロックのメロディーと共に戦争の多面性を描く
"Mother Courage and Her Children"
(Olivier, National Theatre)
☆☆☆☆☆/5
(今回から星を白抜きに変更しました}

2009.10.10 14:00-17:20

演出:Deborah Warner
脚本:Bertolt Brecht
翻訳:Tony Kuchner
Set Designer: Tom Pye
Costume: Ruth Myers
Lighting: Jean Kalman
Songs composed by: Duke Special
Songs sung and played by:
Duke Special and the Band
Musicscape: Mel Mercier
Sound Designer: Andrew Bruce & Nick Lidster

出演
Anna Fierling, aka, Mother Courage: Fiona Shaw
Kattrin, her daughter: Sophie Stone
Swiss Cheese, her “honest” and younger son: Harry Melling
Eilif, her elder son: Clifford Samuel
The Chaplain: Peter Gowen
The General’s Cook: Martin Marquez
Yvette, a prostitute: Charlotte Randle


私はこの劇を見るのは2度目。1ヶ月前、プレビュー期間に見に出かけたのが、最初に演出家のDeborah Warnerが出てきて、装置の準備が完成していないので全編を上演できない、従って約2/3だけ上演し、料金はお返しする、とのアナウンスをした。それで、2時間くらいは見て、今回初めてその後も含めて見た。つまらない劇なら、半分以上を2度も見るのはうんざりだが、この上演の場合は、2度見ることが出来て得した思いだ。素晴らしい公演!

この劇は中央ヨーロッパ、主として現在のドイツ周辺、において、1618年から48年まで行われたいわゆる「30年戦争」を舞台としている。これは元々プロテスタントとカトリックの間の宗教対立がきっかけで始まったが、やがてヨーロッパ大陸の大国間のパワーゲームと化し、止めたくても止められない泥沼の長期戦争となったようだ。当時戦争に関わった人々にとっては、ずっと1つの戦争が続いていたのではなく、英仏の百年戦争のように、戦争と休戦が続く戦乱の世であったのだと思う。日本で言うと戦国時代みたいなものか。

この長期の戦争を舞台に、兵士に食料を売るキャンティーンのワゴン(屋台)を引っ張って軍に寄生してついて回るのが、主人公のAnna Fierlingこと、Mother Courage(日本では「肝っ玉母さん」と訳されていたと思う)。彼女は、長男のEilif、やや知恵遅れと見られるが正直な次男、Swiss Cheeze、そして兵士に暴力をふるわれて口がきけなくなった娘、Kattrinの三人と共に、大きなワゴンを引っ張り、戦場となったヨーロッパを東へ西へと軍と共に移動する。但、劇の冒頭、唯一まともな子供である長男は、プロテスタント軍の兵士のリクルーターの勧誘に負けて、母や弟妹を残して兵隊になってしまうため、Mother Courageは体ばかり大きくても頼りない二人の子供を守るために必死だ。

彼女たちは、最初はプロテスタントのスエーデン軍と共にいたが、やがて形勢が逆転し、スエーデン軍はあっと言う間に退却。一家は取り残されて、カトリックの兵隊に囲まれる。Mother Courageは、たくましく直ぐに宗旨替えをして、カトリックの旗を掲げ、マリア様の像を置いて、新しい客と商売をしようとする。しかし、正直さを買われて、プロテスタントの連隊から大金が入ったかばんを預かっていたSwiss Cheeseは、カトリック兵士に捕らわれ、連れ去られる。Mother Courageは、息子を取り戻すために、知り合いの売春婦Yvetteを通じて身代金を払おうとしたが、彼女の唯一の生きる手段であるワゴンを手放すわけにはいかない。相手と金額の交渉をしているうちに、兵士達はしびれを切らしてSwiss Cheeseを惨殺する。息子の血にまみれた死体を見せられたMother Courageは、自分と娘の身を守るため、この男とは会ったこともない、と証言する・・・。

このような無惨なシーンがある一方で、ノンビリと鳥の羽をむしって商売の準備をしている場面や、軍の本部に苦情を言いに行って、部隊のテントの前で自分の順番が来るのを待っている間、同じく苦情を言いに来た兵隊とおしゃべりをしたりするシーンなどもある。戦争というものが、激しい戦闘場面ばかりではなく、全体としては色々な日常的営みを含み、時間的、空間的広がりもあることを、この劇は教えてくれる。三十年も戦争が続けば尚更だが、長期戦は、戦争の中で生まれ生活をし、兵隊以外にも戦争をなりわいとして生きる多くの人を生むと言うことか。この作品にもYvetteという売春婦、軍の料理人、従軍司祭など、幾人も出てくる。彼らの生きる環境は戦争。平和は休戦であり、戦闘と戦闘の間の時間に過ぎない。20世紀前半を生きたブレヒトは、第一次と第二次の世界大戦を1つのものとして捉えていたのであろう。その前後にもスペイン内戦や日中戦争、朝鮮戦争など、2つの世界大戦と関連する色々な戦争があった。そして、Tony KuchnerやDeborah Warnerから見ると、今我々が生きている世界も戦争のまっただ中、ということだろうか。長期化したイラクやアフガニスタンの戦争、終わることのないパレスチナ紛争やスーダン、チェチェン、ソマリア等々の紛争、戦争の間に平和な場所や平和な時間があるのかも知れない。そして、多くの人々がMother Courageのように戦争を飯の種にしつつ生きていかざるを得ない。イギリスでもアメリカでも軍需産業はもの凄く強大だ。その周辺には、Mother Courageのような庶民が沢山いる。

劇は12ものシーンから構成され、戦争の過酷な現実と、その間の凪のような空間がやや散漫に綴られている感じだ。しかし、この劇のそうした散漫さ、いささか長ったらしく感じるところこそが、戦争のブレヒトが訴える戦争の現実だと思えた。Fiona Shawが先日Andrew Marr Show (毎日曜日にあるBBCテレビのニュース・ショー)に出て言っていたが、この劇は12の違う劇で演じているような気がする、とのことだ。

9月に始めてプレビューで見た時、始まった途端にびっくりした。青い照明に照らされた大きなワゴンが出てきて、その上に大柄のFiona Shawがマイクを握って堂々と仁王立ち。ワゴンのまわりを囲むのはミュージシャン達。大きなロックのリズムと共に、Fiona Shawの歌で始まったのだ。こうした派手な音楽が何曲も出てきて、半分はロック・ミュージカルと言った雰囲気。ブレヒトの劇というと、以前に新国立劇場で串田和美演出の『セツアンの善人』を見たが、時代も場所もはっきりしないようなニュートラルな舞台空間だった。この劇は正に現代、今イラクやアフガニスタンで行われていることを想起させるように出来ている。歌を書き、中心になって歌い、演奏をしているのは、Duke Special(これが芸名)という男性と彼のバンド。言葉で表せないが大変魅力溢れるメロディーだ。Fiona Shawと共に、この音楽がもう一人の主役と言えるだろう。退屈になったかも知れない長編の劇に、適宜カンフル注射を注入する。それにロックは戦争に似合っている。この劇を見ながら、フランシス・フォード・コッポラの 『地獄の黙示録』を思い出した。ジャングルの中の仮設ステージに女性歌手がヘリコプターで飛来して、ベトナムの密林の中で、熱狂する兵隊相手にロック・コンサートが行われたシーンである。この劇では、ロックのエネルギーがMother Courageの戦場を生き抜くエネルギーを象徴しているようだった。Mother Courageは様々の辛酸を嘗め、子供や財産を徐々に失いながらも、唯一残ったワゴンにしがみついて生き続ける。劇の終わりにたった一人で巨大なワゴンを引く彼女の鬼気迫る様子が、観客の胸に突き刺さる。

Fiona Shawは凄い俳優だ。圧倒された。劇と合っているからそう感じたのだろうが、イギリスでも日本でも、これほど俳優の存在感を強く感じたことはない。演じる俳優という枠を超え、Fiona Shawという人間のスケールの大きさ、繊細なインテリジェンス、そして何よりも演じる事への凄まじいまでの情熱がひしひしと伝わって、終わった時、彼女に感謝の気持ちで一杯になった。彼女がここまでの表現が出来るのも、演出家が彼女と繰り返し仕事を一緒にしてきたDeborah Warnerであり、Fiona Shawの能力を熟知しているからであろう。

一面では、長々しくて、散漫な原作。しかし、広い戦場を長い年月をかけて旅をしつつ生きたMother Courageを良く表現した作品。滅多にない演劇体験を味わった。

(追記)多くの劇評がこの上演を褒めている中で、Daily TelegraphのCharles Spencerは星1つ(5つ満点)。idioticでfull of gimmickryとのこと。他の同類の批評にも、長くて退屈、との表現が多い。これくらい好き嫌いの別れる上演もないのだろう。Telegraphという新聞とその読者がよく分かる批評だ。関心のある方は読んで見てください。

C J Sansom, "Dark Fire" (Pan Books, 2005)2009/10/08

Dark Fire
時代背景が面白い歴史クライム・ノベル
C. J. Sansom, 'Dark Fire'
(2004; Pan Books, 2005)

★★★★☆

C. J. Sansomの第1作、'Dissolution'(私のブログでも扱った)を読んで大変興味を覚えたので、2作目も読んでみた。577ページの大作。私が英語で読むスピードはやはり大変遅いので、最後までたどり着けるか疑問だったが、終始退屈することなく、少しずつだが着実に読んだ。終盤は加速度的に面白くなって、寝る前に良く読むのだが、なかなか本を置けず、寝る時間が日頃よりかなり遅くなった日もあった。前作'Dissolution'同様、チューダー朝、ヘンリー8世の時代を扱っている。宗教改革の時代、イギリスが大変栄える一方で、宗教改革や権力闘争などにより不安定さもはらんでいた時代である。'Dissolution'はそのタイトルと通り、ある修道院の解体にからんで起きた殺人事件の解決に、Thomas Cromwellに従う法律家のMatthew Shardlakeが出向く。'Dissolution'は1537年の舞台設定で、Cromwellの辣腕が最高潮に達し、修道院が次々と解体されていた頃を描いていた。'Dark Fire'はそのCromwellの権力が急速にしぼみ、改革も後退を余儀なくされ、やがてCromwellが反逆罪で逮捕、処刑されるにいたる1540年に設定されている。急速な時代の流れがより細密に描かれ、起こっている犯罪もそうしたCromwellの運命と密接に絡みついており、前作以上にその時代を強く感じさせられる。歴史物のクライム・ノベルであると同時に、もともとクライム・フィクションを読まない読者にとっても、歴史小説として読み応えのある作品と言える。

主人公Matthew ShardlakeはLincoln's Inn(極めておおざっぱに言えば、教育組織としての機能を備えた法廷弁護士の団体、現在も在る)に属する法廷弁護士。数年前に権力者(Lord Chancellor) Thomas Cromwellのために犯罪捜査官として働いて、'Dissolution'で描かれる事件の解決に尽力したが、その後はCromwellとの関係は途切れ、もっぱら普通の法律家として土地譲渡などの案件に携わっている。しかし、ある豊かな中流の家庭で起きた殺人事件で、その家の主人の姪のElizabeth Wentworthが犯人として逮捕され、弁護士として弁護を引き受ける。ところが、弁護は困難を極め、裁判官は今にも死刑判決を下しそうになる。Shardlakeが弁護で行き詰まっているのを嗅ぎつけ、この窮地を救って、判決の言い渡しを延期するよう裁判長に圧力をかけたのが、Cromwellだった。しかし、それには交換条件があった。当時Cromwellが大変関心をいだいていた「ギリシャの火」(Greek Fire、別名Dark Fire)という燃える液体とそれを使った破壊的な武器を探し、更に、そのノウハウを奪い合う中で起きた一連の殺人事件を捜査することだった。

当時、国王HenryはCromwellからあてがわれた大陸出身でプロテスタントのお妃、Anne of Clevesに嫌気がさし、彼女と離婚し、愛人Catherine Howardと結婚することを考えていた。また、CromwellとCranmer大司教が強力に推し進めた英国国教会の改革にも、元々宗教的には保守的な王は、関心を失いつつあった。これに危機感を抱いたCromwellは今までに見たこともない強力な武器となり得るDark Fireを王に見せて、その寵愛を取り戻そうと必死であった。そのDark Fireを王に示すデモンストレーションの日が間近に迫っている。Shardlakeは、その日までに何とかこれを手に入れるようにとCromwellに命じられる。彼はCromwellの召使いで、ユダヤ系イングランド人のJack Barakと共に捜査をすすめる。しかし、彼の行く先々で、Dark Fireの情報を知っている人々が行く方不明になっていたり、惨殺されたりし、更に彼自身も何度も不意打ちを食って殺されそうになる。

歴史、犯罪、社会・家庭問題、ロマンス、権力闘争、アクション、等々、色々な要素が盛りだくさんに詰め込まれた、非常にサービス精神溢れる娯楽小説。しかし、Elizabeth Wentworthの家庭問題、宗教とヒューマニズムの関係などを描いて、かなり深みのあるところも見せる。既に書いたように、Thomas Cromwellの失墜の直前を描いて、チューダー朝の時代の流れも生き生きと捉えた。その意味で、前作'Dissolution"に続けて読んだ方が、一層面白くなる。

今回の助手、Jack Barakは、'Dissolution'での助手、Mark Poer、とはかなり違った人物。PoerはShardlakeの親戚筋の青年で、若々しい純粋さにより、ShardlakeのComwellに対する信頼に疑問を呈した。一方、Barakは、貧しい孤児であったが、浮浪者になるところをCromwellに拾われたという、身分の低く、雑草のたくましさを備えた若者。社会を斜めに、そして冷ややかに眺めつつも、かって自分を救ってくれたCromwellへの恩義だけは最後まで忘れない。Shardlakeは、Cromwellから無理矢理押しつけられた助手兼監視役のBarakを迷惑に感じていたが、命が危うくなるような場面を何度も2人で協力して切り抜けたことで、徐々に団結を強めていく。ShardlakeのBarakに対する感情が変化するにつれ、読者もBarakの隠された善良さとたくましさに魅力を感じるようになっていく。

Elizabeth Wentworthに関しては、豊かな商人の家庭の奥に隠された残酷な人間性を細かく登場人物の心理に分け入って書き込んであり、メインのDark Fireを巡るスピーディーなプロットとは違う魅力で読ませて、小説を深みのあるものにしている。

ということで、文句なく楽しめる傑作。満点にしなかったのは、Lady HonorというShardlakeのロマンス(になりかけただけ)の相手とのやり取りが、何とも甘ったるくて作品を安っぽくしたと思われるためだ。この方がアメリカ市場には向いていそうだけれど、ロマンス的にするのは余計だったと思う。ShardlakeがLady Honorに一方的に憧れた、という程度で充分。由緒ある貴族の名家の当主と、単なるお雇い弁護士(jobbing lawyer)では、社会階層が違いすぎ、ロマンチックな関係を描いてもリアリティーに乏しい。

BBC One "Merlin"の楽しさ2009/10/04

BBCのファミリー・ドラマ"Merlin"の第2シリーズが進行中です。毎週土曜日の6時台に放送。今日10月3日で3回目が終わりました。マーリンと言えば、白髪に長いひげ、杖をついた老人の魔法使い/ドルイド僧侶、といったイメージが支配的でしょうか。ハリウッド映画『エクスカリバー』など、代表的です。

でもこちらはアーサーの若い頃、彼の同世代の召使い、兼相談相手、喧嘩相手、そして将来の盟友、としての、普通の若者を描いています。魔法使いとしての自分のアイデンティティーに悩み、美しい女性に心奪われ、アーサーのかってさ、横暴さにカリカリしてしまう、2枚目というより2枚目半くらいのキャラクターです。魔術師ですし、怪獣との闘いなどもあり、特撮もかなり使われていて、非常にお金をかけて作られたドラマで、馬鹿に出来ません。中世のお城、剣や鎧、トーナメント、等々、中世のイメージが上手く使われています。歴史ドラマというより、若者向けファンタジーですから、時代考証にはそうこだわって作られてはいません。

主演Merlin役はColin Morgan。彼はOld Vicの"All about My Mother"で亡くなる子のエステバンを演じた役者。新人の若者が多く、有名なスターは出ておらず、その代わりにセットや衣装、特撮などにお金をかけているのでしょう。でもColin Morganやアーサーを演じるBradley Jamesは、英米のティーンの間では既にすごい人気のようですね。

一番の視聴者の対象としている年代層は10〜15歳くらいでしょうか。でももっと小さな子でも充分理解出来るし、大人にも楽しい、家族みんなで楽しめる中世ドラマです。言い方を変えれば、中世版『ドクター・フー』ですね。去年夏に放映された分はイギリスではDVDで発売中。日本でもNHKでそのうちやるか、又はケーブルやWOWOWなどで放映されるのではないかと予想します(まだやってないならば)。

写真は、左からマーリン、モードレッド、モルガン・ル・フェイ。モルガンをやっている女性は、いくらかラファエル前派みたいな雰囲気で、若いながら素敵です。

BBCの新ドラマ"Emma"始まる2009/10/03

BBCの新ドラマ”Emma"が明日10月4日日曜日夜から4回シリーズで始まります。主演はRomora Garai(Ian McKellenの”Lear"でコーディリアを演じた)、他にJonny Lee Miller(”Train Spotting"など、主として映画とテレビで活躍)、Michael Gambon、Tamsin Greig(RSCのComplete Worksにおいての"Much Ado about Nothing"でオリビエ賞を受賞)。

(追記)その後、『エマ』第一回を見ました。すました美人ではなく、ロマンチックな雰囲気に乏しいヒロイン。Romola Garaiって、そう美人とは思えませんが、そこがなかなか良いですね。大きな目に力強いあごを持つ、鼻っ柱が強くて、元気の良い現代っ子の主人公です。相手役のMr Knightlyを演じたJonny Lee Millerも頭の薄くなりかけた、中年と言って良い年齢のぱっとしない男性のように演じられています。がに股で大股の歩き方が、いかにも田舎紳士という感じを演出。しかし、二人とも作品内容には合っています。『自負と偏見』みたいなロマンチックな恋愛物語の要素が薄く、いくから諷刺的色彩もある風俗喜劇として楽しむ事が出来そうです。私にとっては、コリン・ファースの出た『自負と偏見』などよりも興味が持て、続けて見る意欲が湧きました。

Michael Gambon、Bennettの新作から退場!2009/10/03

大きな注目を集めているAlan Bennettの新作、"The Habit of Art"(11月5日初日)はAlex JenningsとMichael Gambonが主演の予定でしたが、Gambonは健康不良のため、出られないことになりました。代役として、"The HIstory Boys"でもヘクター先生の役で名演の評価の高かったRichard Griffithsが出ることになりました。

以上、ガーディアン紙より:
http://www.guardian.co.uk/stage/2009/oct/02/michael-gambon-alan-bennett

ちなみに私は切符を買っていません。

"Judgment Day" (Almeida Theatre, 2009.9.30)2009/10/01

隠された罪を償う時
“Judgment Day”
Almeida Theatre
Almeida Theatre Production
観劇日 2009/09/30 14:30-16:10

★★★★☆

脚本:Ödön von Horváth(エデン・フォン・ホルバート)
翻訳:Christopher Hampton
演出:James Macdonald
Design: Miriam Buether
Costume: Morits Junge
Lighting: Neil Austin
Music: Matthew Herbert
Sound: Christopher Shutt

出演:
Thomas Hudetz (station master): Joseph Millson
Anna: Laura Donnelly
Frau Hudetz (Thomas’s wife): Suzanne Burden
Frau Leimgruber: Sarah Woodward
Alfons (brother of Frau Hudetz): David Annen
Landlord: Thm Georgeson
Ferdiand (Anna’s fiance): Daniel Hawksford


この劇の作者、Ödön von Horváth(エデン・フォン・ホルバート)は、1901年ウィーンに生まれたハンガリー系の作家(亡くなったのは早く、1938年)。ドイツ語で執筆し、自分自身ドイツの作家であると公言していた。彼は、ナチスが政権を取る前後にドイツやウィーンで執筆活動をしたので、ナチスの作家同盟に属するなど、ある程度権力に妥協せざるを得なかったが、それでも彼の劇は上演禁止になったりした。この作品も、直接的な政治性は無いにもかかわらず、彼の生前にはチェコスロバキアで数回公演されただけだったそうである。そういう複雑な執筆背景を踏まえてみると、登場人物の苦悩が一層理解できる気がした。

主人公のThomas Hudetzは鉄道の若い駅長(彼の来ている服が、駅員の制服というより、どう見てもドイツ軍の軍服に見えるのは意図的なものだろう)。非常に几帳面な性格で、仕事を間違いなくこなすことを誇りにしていたが、ある日、仕事中に、以前からお互い気になっていた若い娘Annaと話し込み、彼女から突然キスをされる(Thomasは既婚者で、Annaはフィアンセのいる身)。丁度その時、急行列車が駅を通過するが、Thomasがキスに気を取られて信号を送るのを忘れたために、急行は他の汽車に衝突、17人の命が失われる。Thomasは自分の過失を徹底的に否認。又、Annaはその時にThomasがちゃんと信号を送ったのを見た、と偽証する。Thomasの妻、Frau Hudetzは、その時の二人の行動一部始終を見ていて、嫉妬に駆られ、実際にあったことを証言する。警察はThomasを疑い、彼は留置される。しかし、町の人気者であったThomasは人々の圧倒的な支持を集め、また刑事裁判にも勝訴して、自由の身になる。Thomasは英雄のように人々に迎えられ、その一方、彼の本当の行動を証言したFrau Hudetzと彼女の弟Alfonsは村八分同然となる。

しかし、Annaは、多くの人命が失われた大事故の責任の一端は自分にあること、更にそれを覆い隠すために偽証をしたことに耐えられない。留置所から解放されたThomasと、深夜密かに会ったAnnaは、これからでも真実を証言するつもりだ、とThomasに打ち明ける。しかし、翌朝、ThomasとAnnaの行方が分からなくなっていた・・・。

粗筋を書いているだけでは伝わりにくいが、主人公2人に加えてこの劇の大きな柱は、町の人々だ。小さな町の噂や誹謗中傷が2人やその他の人々、特にAlfons、にプレッシャーとなり、悲劇を一層加速する。そう言う意味で、ミラーの『坩堝』のような面もある劇だ。人々の評価や、人間の行う裁判での判決(judgment)はAnnaとThomasを解放したが、彼らは最終的な神の判決からは決して逃れられない。Judgment Dayは、もちろんヨハネ黙示録に記されたThe Last Judgmentを重ねた題名だろう。

Thomasは既に書いたように、きりっとした、生真面目な人物として登場する。しかし、硬いセルロイドのような表面の下には、妻との軋轢と若い娘への興味を隠している。彼は、何度も、「私はいつも仕事をきちんとやってきました」と強調するが、言われた仕事をきちんとやり、周囲の人々の評価を勝ち取ってはいても、実はヒトラーを首相にし、帝国主義国家の手足となって他国を侵略し、ユダヤ人を虐殺し、ホルバートのような芸術家を迫害して亡命を余儀なくさせたのは、そういう真面目な市民一人一人だったのではなないだろうか。そうしたことは、また、戦時中の日本人一人一人にも言えるかも知れない。ナチスの影響の色濃いウィーンで書かれたこの戯曲は、社会全体の罪と個人の罪、そして、今この時を超えた歴史と、道徳や魂の問題として、我々個々人の生き方を問う寓話と言えるだろう。

Thomasにも死んだ機関車の運転士などの亡霊が現れて、罪の意識をえぐるところは、『マクベス』や『リチャード3世』のようでもあり、また、ドイツ表現主義的というのだろうか、なかなか面白かった。

1時間40分というのは、ちょっと短すぎて食い足りない感じがした。また、ドイツにしろ、オーストリアにしろ、地域色、あるいは、歴史性が強く出ていると更に面白くなった気もする。しかし、現代的なトピックとすぐ結びつくようだと、それこそ、ホルバートは逮捕されかねないだろうから、そういうわけにはいかないのだろう。彼はこの作品をウィーンで書いたが、その後オーストリアがドイツに併合されたので、パリに避難せざるを得なかった。しかし、不運なことに、パリで嵐の中、倒れてきた木に打たれて38歳の若さで死亡してしまった。

主人公の二人の演技はそれそれの役を生かしていて申し分ない。特に印象に残ったのは、夫の罪をあばいたThomasの妻を演じたSuzanne Burden、そのFrau Hudetzの気の弱い兄弟を演じたDavid Annen、町の人々の狭量さを代弁したFrau LimegruberのSarah WoodwardとLandlordのTom Georgesonなど。簡素なセットであるが、明暗のコントラストがくっきりした照明と共に、寓話的な雰囲気が良く出ていて、印象に残った。非常に地味な劇で、華やかなスターも出ていないが、見た直後に受けたインパクトよりも、こうして内容を思い出している間にじんわりと良さが伝わってくる秀作だった。

Sebastian Barry, "The Whereabouts of Eneas McNulty" (1998; Faber and Faber, 2006)2009/09/20

The Whereabout of Eneas McNulty
アイルランド人男性の漂泊の人生
Sebastian Barry, "The Whereabouts of Eneas McNulty" (1998; Faber and Faber, 2006)

★★★★★

この小説を読もうと思ったのは最近読んだSebastian Barryの"Secret Scripture"が素晴らしかったからだ。この作品は、"Secret Scripture"同様、アイルランドのSligoという町を扱い、登場人物もかなり重なっている。Sligoはアイルランド共和国北部コノート地方の市であり、またその市がある郡の名前でもある。"Secret Scripture"で主人公だったRoseanne Clearが結婚したのは、Tom McNulty。そのTomの兄がこのEneas McNultyである。彼は"Secret Scripture"のRoeanneの父親と似た運命で、アイルランドの不幸な政治闘争の犠牲者として、ほとんど一生、世界をさすらいながら過ごすことになった。

物語はゆっくりとしたペースで始まる。Eneasは今世紀の初めSligoに生まれ育つ。物語の最初では、彼の少年時代の記憶、友人達、特にJonno Lynchとのつき合いなどが語られる。Eneasは最初船員として働くが、その後は仕事がなく、家でぶらぶらしている。たまりかねた彼は、当時アイルランドを植民地支配していたのはイングランドであるが、その軍事的警察組織、悪名高いRoyal Irish Constabulary (RIC)、で働くことにする。RIC、そしてその軍事部門であるRoyal Irish Constabulary Reserve Force (通称"the Black and Tans")は、アイルランド人の多くにひどく嫌われていた。折しも、Michael Collinsなどを指導者とするアイルランド独立運動が激しさを増している時で、例えEneasが職がなくて困り果てていたとは言え、RICで働くのは彼のその後の人生において最悪の決断だった。彼は仕事の過程で自分の上司Doyle巡査を目の前で殺害される。更にそのDoyleを殺した独立運動側の男が報復として殺害された時、独立運動側ではEneasがDoyleの殺人者についての情報を報復した者に与えたと考える。従って、彼は母国の裏切り者としてIrish Republican Army(IRA)のブラックリストに載せられ、命を付け狙われることになる。トラブルメーカーとなった彼をRICは解雇する。彼を度々脅し、ついには彼の命を狙うのが、子供の頃の友人で、独立運動側の活動家となったJonno Lynchである。Lynchは、Eneasがイギリス政府側について武装闘争を行うthe Black and Tansの重要人物を殺せば、ブラックリストから外してやる、と通告するが、彼は殺人を犯すことを拒絶。その為、命を付け狙われ、愛する故郷や家族を残し、アイルランドから逃れて、各地を転々とする。

その後彼は、北アイルランドで漁船の船員となって多くの時間を海上で過ごし、それから第二次世界大戦でフランスに行き、人は殺さずに、戦場近くに取り残された老人の農夫の手伝いをしたりし、帰国してからはアフリカで仕事を見つけて、ナイジェリアの土木工事現場で毎日肉体労働をして働く。工事現場で知り合ったナイジェリア人のHarcourtが彼の人生で唯一の親友となるが、Harcourtはてんかん病みで工事現場を追い出され、またEneasと似た運命を背負い、ナイジェリアの独立闘争に巻き込まれて、命を狙われたりする。

彼は戦争の終わった後やアフリカから帰った後に故郷のSligoに戻ってみるが、彼に下された非公式の死刑判決は、いつになっても無効ではないことをJonno Lynchなどから思い知らされ、再び追われるように故郷を捨てることになる。彼は第二次大戦の従軍のために軍人恩給をイギリス政府から受けており、アフリカに居た間など長らく使ってなかったのでかなりの金額を手にした。それで彼はThe Isle of Dogsというところ(ロンドンのテムズ河畔、イースト・エンドの一地区らしい?)において、再会した親友Harcourtと共に安下宿を始める。漂泊の人生を送った2人にもやっと穏やかな時間がやってきて、このまま静かに人生を終えらるように思えたのだが・・・。

私はかなり昔からアイルランドの音楽が好きで、そこから発展して、演劇や小説、歴史などにも関心を持ってきた。アイルランド史についても簡単な本を読んではいるが、この小説は特に衝撃的だった。アイルランドの血なまぐさい、残酷な歴史が、大変静かな語り口で淡々と語られる。Sebastian Barryは物語の設定も巧みであるが、それ以上に語り口が素晴らしい。Eneas McNultyという極めて素朴で、そこが魅力的な人物の性格を反映した、穏やかな、しみじみと心に響く文章である。親にも会えず、幼年期の親友に命を付け狙われ、魚船員、兵士、土木工事人夫など、社会の底辺で働きながら世界をさまよわざるを得ない男の悲しみと孤独感が切実に伝わってくる。

Eneasの唯一の救いはHarcourtという親友を得て、一度は離ればなれになったが、最後まで一緒に居られたことだろうか。Harcourtはナイジェリアの独立闘争に巻き込まれて父親を殺されている。EneasがSligoを追われたように、彼も故郷のLagosを命からがら逃げ出す。また、工事現場ではてんかんの発作が、悪い呪いを招くという風に仲間に言われて、同じアフリカ人達から追い出される。Eneas以上に悲惨な人生を送り、孤独な人物である。2人は現代のロビンソン・クルーソーとフライデーのようにも見える。

Eneasは従軍中のフランスの農家や、アフリカの工事現場の宿舎、あるいは最後にたどり着いたIsle of Dogsの下宿屋などで、故郷Sligoでは得られなかった平和、"home"の暖かさを得そうになるが、歴史や運命によってひとときの平安を破られる。Eneasの一生はこの繰り返しである。多くの人間にとっても、人生と言うのは、そういうものかも知れない。しかし、Eneasの場合、平和の後に来る破壊と孤独は計り知れないほど大きい。また、平和の時期や場所にも、死の不安と恐怖が去っては行かない。

良くは出来ているが、小粒な作品のような気もする。しかし、私は非常に大きな衝撃を受けた。それはEneasの孤独感に非常に共感出来、読んでいて苦しいくらいに感じたからだ。

Sebastian Barryはもともとは劇作家としてより良く知られた人物のようだ。残念ながら一度も彼の作品の上演を見たことがないので、今後チャンスが在ったら是非見たいと思っている。

自己紹介2009/09/20

イギリスの大学院に留学中の50歳代男性です。専門はイギリス文学、特に中世末期から近代初期にかけての演劇です。勉強では悪戦苦闘中。

このブログは第一には観劇の感想、次いで、専門外の読書の感想のためにつけております。とても忘れっぽいので、主として自分の忘備録のためですが、演劇や小説の好きな方の参考にしていただけば幸いです。結末までは書いておりませんが、プロットは書いていますので、これから観たり読んだりされる方はお気をつけ下さい。

趣味は、まず観劇。特に英米演劇の日本やイギリスにおける上演。シェイクスピアなどのルネサンス演劇やアメリカの劇作家(ミラー、オニール、ウィリアムズなど)が特に好きです。次いで、推理小説や英米の現代小説を読むこと。楽しみで良く読む作家としてP D ジェイムズ、ルース・レンデル、ピーター・トレメイン、スーザン・ヒル、カズオ・イシグロ、レイ・ブラットベリ、ローズ・トレメインなど。ブログには感想は書いておりませんが、音楽CDを聞くことも多いです。特にアイルランドやスコットランドの音楽が大好きです。

私のメール・アドレスは左側の「このブログについて」にあります。なお、今回は自己紹介の為のポストですので、コメントは入れないで下さい。もし入れられた方の分は、このポストについたコメントだけは、恐縮ですが削除させていただきます。

Rose Theatre, Kingston2009/09/12

Rose Theatre, Kingston
9月8日にロンドン郊外の町キングストンにあるRose Theatreに行きました。その時に撮影した写真です。この劇場は2008年1月に開いた新しい劇場で、内部はルネッサンス劇場風の円形に近い劇場です。観客席は、椅子のない平戸間(1階前部)と、椅子のある1階後部の席、そして2層のサークル席です。平戸間は立ち見席でなく、板張りの床に直接座ってみることになっており、多くの客はクッションなどを持ってきていました。舞台は、やはりルネッサンス式に張り出し舞台(a thrust stage)が使えるようになっているのですが、19世紀以降の劇を上演することが多いので、あまりそのような使い方はされていないようです。今回私はここで、テレンス・ラティガンの"The Browning Version"とチェーホフの"Swansong"の2本立てを見ました(ブログ参照)。

Roseは元来Peter Hallの念願のプロジェクトだったようですが、資金不足などからなかなか竣工にいたらず、開場した後も、彼が思い描いていたようなレパートリー・シアターになってはいません。オリジナル上演もあったようですが、主にツアーでやってくる劇や地元の大学の学生による劇などを上演しています。また、コメディー・ショーやコンサートなども行われるようです。現在のArtistic DirectorはStephen Unwin。Peter Hallも名誉監督(Director Emeritus)として、一定の役割を果たしているようで、今回私が見た2本も彼の演出作品です。

C. J. Sansom, "Dissolution" (2003; Pan Books, 2004)2009/09/11

Dissolution
イギリス宗教改革期を舞台とした歴史ミステリー
C. J. Sansom, "Dissolution"
(2003; Pan Books, 2004)

★★★☆☆(3.5程度)

日本人が捕物帖とか時代劇を好きなように、いやそれ以上にイギリス人はこの種の歴史ミステリーが好きだ。それも、自国を舞台にしたものだけでもアングロ・サクソン時代から、20世紀初めくらいまで、ありとあらゆる時代がある。アガサ・クリスティーなど、もともと歴史ミステリーではなく、現代の探偵ものとしてかかれた作品も、今テレビドラマ等になる時は、もう歴史ミステリーの趣だ。

さてそういう歴史ミステリーの中で、今まで取り上げられていなかった(のではないか)と思われるのが宗教改革期。とは言ってもチューダー朝、とくにエリザベス1世時代を舞台にした作品はあったが、今回読んだC. J. Sansomの作品はHenry VIIIに使えた宗教改革の先導者Thomas Cromwellとその配下の弁護士兼探偵Matthew Shardlake(この人は架空の人物)を取り上げている点でユニークだ。また描かれている事件も、大きな修道院で起きた殺人事件、そしてそれを理由にしてその修道院を取りつぶそうというCromwellの意図が背景にある。そもそも、標題の"Dissolution"は、この文脈では「修道院解体」という意味。登場はしないが、ヘンリー8世、アン・ブーリン、ジェイン・シーモアなどの歴史上の人物の動向が、作品の大きな要素でもある。

主人公Matthew Shardlakeはロンドンの弁護士で、更に、Thomas Cromwellの配下としても働いている。彼は障害者(せむし)として生まれつき、しばしば背中の痛みに襲われ、また、自分の容姿に大きな劣等感をいただいてもいる。CromwellはSussexの大修道院、St Donatusの内部調査に派遣されていた調査官、Robin Shingletonがその地において何者かに殺害されたことを調査し、また修道院の問題点を明らかにして、解体に追い込むためにMatthewと彼の配下の若者Mark Poer(謂わば、ワトソン役)を派遣する。Matthewが到着してから、更に新たな殺人事件が起こり、また過去の殺人事件も明らかになる。更にMatthew自身も命の危険にさらされる。またMatthewは修道院の腐敗を発見していく一方で、修道院がなければ生きていけない人々や、カトリックの深い信仰を持ち続ける人々を見て、St Donatus修道院の解体を命じられている自分の仕事に一抹の疑問も感じ始める。修道院の人々の証言から、彼が正しいと信じてきた教会の改革、またThomas Cromwellの意図にも、確信が持てなくなっていく。更に、助手で、半ば息子のように可愛がってきたMark Poerも、改革について、あるいはCromwellについて、彼とは全く違った考えを持ち始め、Matthewは迷いと孤独感にさいなまれつつ捜査を続けざるを得ない。

今まで私が読んだことのない作家だったが、宗教改革を扱った点に興味を感じて読み始めた。Thomas Cromwellなど、負の面も大いにある人物を上手く使い、主人公のMatthewも、読者が100パーセント肯定できる人物ではなく、権威主義的なところもあり、改革の矛盾やCromwellの残虐さに目をつぶったり、権力者のご都合主義に対する無知なども書き込まれている。しかし、物語が進む間に、彼の考えが徐々に変わって来ると共に、Cromwellの引き立てを失う点も面白い。作者はバーミンガム大学で、歴史学で博士号を取ったとのことで、時代背景がしっかり書き込まれていると感じさせる。推理小説としても、謎解きが難しく、一級だと思われるし、犯人を追い詰める最終シーンなどでは、サスペンス溢れ、読者を強く引っ張る筆力を感じさせる。463ページという長い小説だが、退屈せずに読めた。やや問題を感じるのは、英語。ルネサンス期を舞台にした小説だが、普通の英語でありすぎないか。少なくとも会話のところは、古語風にして欲しいし、全体に時代を感じさせる表現にして欲しかった。そうすれば、もっとずっとチューダー朝ミステリーらしくなったことだろう。

(追記)他の方のブログやWikipedia英語版('Kenneth Branagh'の項)によると、このMatthew ShardlakeシリーズはBBCドラマになるようで、主演はケネス・ブラナーが予定されているとのこと。楽しみだ。また、日本語訳も進んでいるらしい。